どっちが ぶきっちょなのなやら
          〜お隣のお嬢さん篇
 



     5



絶対の恐怖と共に語られる反社会組織、
かつてのポートマフィアにて歴代最年少幹部として勇名馳せていた希代の策士と、
現在のポートマフィアで その暗躍をしっかと支えている鏖殺の黒姫と という、
何とも物騒な二人連れが、
初夏のヨコハマの市街地の一角にて
そりゃあ麗しき見栄えも瑞々しく、一般市民然として街歩きを楽しんでおいで。
一応は軍警による「手配書」なるものが回っちゃあいるが、
そして警官に目撃されりゃあ逮捕もされるが、それが何ほどのものか。
振り抜いて逐電するだけの技量など片手間にでも発揮できるし、
その際に騒ぎとなっての負傷者なり犠牲者なりが生じても こちらの知ったことかという立場。
何なら派出所の成績貢献に捕まってやって 移送中に派手に逃亡するという手もあるし、
もっとあざとい話、検察へ送られる直前に
書類操作で事件なり逮捕や送検の事実なりを無かったことにされ、
半年ほど横浜から離れるか表立った場に出ない格好でほとぼりを冷ますという手だってとれる。

 “まあ、そっちは事務次官の安吾あたりが毛嫌いしているから、
  辻褄合わせの班も立ち上げられにくくなってようけども。”

かつての血なまぐさい抗争の跡地、租界なんて物騒な地域を包括するよなヨコハマだとて、
公的機関から指名手配されているような存在が 日中に堂々と顔を晒して出歩いてなどいまい。
それより何より
一般市民の自分には関係ない世界の話だとする平和ボケした国なればこその楽観主義と、
気づいたとしても 関わり合いになったら自分の身が危ないと、
妙な言い方ながらそういう機微がようよう判っている連中同士の暗黙の了解により、
ポートマフィアの手配犯でも結構無難に大通りを歩けてもいるのだが、

 「あらまあ、何てもの くっつけられているのかしら。」

ブティックの表で待っていた黒の姫女が、足元へと懐いて来たのを構っていた三毛の猫。
いやに人懐っこいのへ、あらあらと見下ろした太宰の姐様が、赤い首輪に何かを見つけた。
くるみボタンに見せかけたそれは、

「これって、GPSだわね。」

周辺のそこいらどころじゃあない、
蒼穹の彼方に座す人工衛星が 情報を拾い、居場所を知ろしめる仕組みがあって、
それがための電波反応を出している チップやメモリのことであり。
やや意外な代物じゃああるが、それでも全く聞かない対処ではない。
最近事情として聞くところの 迷子にならぬようにでしょうかと、
無難なところを思いついたらしい妹君の反応へ、

 「う〜ん、そういう目的のためにしちゃあ、
  マジックテープでってのは頼りない付け方だねぇ。」

ちょいと摘まめば剥がれて取れた、そんなツールと猫とを見比べてから、

 「何だか妙な取り合わせだし…。」
 「え?」

ついのこと、その口から零れてしまった太宰の姐様の何気ない呟きへ、
知っている子なのかと妹御が問えば。
当の姐様 曖昧にふふーと笑い、

 「ちょっと寄り道するよ。」

同じようにしゃがみ込んでいたものが ひょいとそのまま立ち上がったのと同時、
猫の方もひょいと伸び上がって、そちらは間近だった黒の姫のお膝に前脚を掛ける。
どうしたものか一瞬迷ったが、こちらへ目線を投げた姉様の態度に待っているような空気があったので、
しょうがないと不慣れながらも両腕の中へ小さな毛玉さんを抱え上げたが、
後で そういやぁと感じた不審が一つほど。
この姉様、ちょっとした迷子とか誰か手助け欲しやな状況には あまり自分から首を突っ込まない。
微妙に難儀で、例えば子供では手が出せないような、でも大人なら手掛けられそうな
ましてや、いろいろ抽斗の多い彼女なら
あっさり解決できそうに思えるようなことほど面倒そうに構えるお人で、
そのくせ、屯所へ持ってきゃあよさそうな、しょむない事案などへは意外にも自発的にかかわりを持ち、
簡単に答えが出そうと思いきや、
後になってとんでもない騒動の発端だったと後悔させられたことが幾たりあったかと、
探偵社の白虎の少女や先達の帽子の姉様から さんざん零されてもいた芥川で。
今の今はそれを思い出せたわけでなく、
そういうものが脳裏をよぎるよな暇間もなく、別なことへの違和感を覚えており。

 「……太宰さん?」

ふと。仔猫を抱いたまま姉様が選んだ道に何かしらを感じた。
平日でも人の行き来の多い大通りにいたものが、
洋品店や雑貨屋などという様々なテナントの入っているビルとビルの間へそっと踏み込んだから。
ビルの間と言っても身体を斜にせねば入れないよな隙間じゃあなく、裏手の中通りへ抜ける抜け道ではある。
この一帯に土地勘があるのなら、こう進むのも珍しくはない“近道”で、
入り込んだその空間も 少女二人が並んで歩けなくもない程度に幅がある。
だが、このまま太宰のセーフハウスへ向かうのなら、意味のない寄り道になるコースであり。
何でまた、そちらへと進んだ彼女なのかへ “あれ?”と違和感を覚えたものの、
聡明で勘の良い姐様の考えに愚昧な自分などが口を挟むなぞお門違いというのが常の姿勢。
何処へとは言わなんだが 寄り道するとは言ったのだしと思い直し、
物問いたげな声がつい出たが足は止まらず、その後へと続く。

 途端に、

雑踏が放つ混然とした環境音が背後へ一歩引き、足元で立つじゃりという砂埃を磨る音の方が肌身へ勝る。
そういう間合いだったか他に通り抜ける人はおらずで、
ビルの高さゆえの日陰、この時期にはやや涼しい空気が淀んだ空間には
そぞろ歩く自分たち二人しかいない。
小道を挟む格好の二つの雑居ビルは、
1つの階層にせいぜい店舗空間のフロアと形ばかりのバックヤードしかとれぬ構造なのだろう。
そうと偲ばせるほどにビル自体の幅も大してなく、
よって、裏通りへとつながっている小道はほんの数mくらいという短さだったが、
それでも短いながらも外から隔絶されたような、ちょっとしたトンネルのような異空間感はあって。
ほんのつい先程までその只中に立っていた賑わいが、ふっと薄紙一枚向こうへ遠のいたそんな刹那。

 「…っ。」

ほんの少し、心持ちほど半歩下がって、
姉様の背までかかる髪を見つつ歩んでいた黒の少女がハッとし、だが視線だけを冴えさせる。
どういたしましょうかと質した方がいいかどうかもない、瞬間刹那の判断で何かしらのスイッチが入ったらしく。
それへやや食い込み気味の間合いにて、勢いよく飛びかかって来たのは 一閃の風。

 「わ。」
 「〜〜〜っ。」

突然逆巻く疾風に二人の女性がそれぞれの髪を舞い上げられ、
そうまでの強さであるが故、足元からの砂ぼこりも舞い上がったか、
咄嗟に顔や目を庇うよに腕を上げてその身をすくめる。
一瞬とはいえなかろう、拍動で数えられる程度には確たる間合いがあってののちに、

 「いや済まないねぇ、お嬢さん方。」

どこのコンビニのそれか、
視野の隅っこで ポリの小袋が躍り上がってどこぞかへ飛んでったのを追うか引かれてかのように、
誰のものだか、男の声が随分と無造作に抛られて来たのへハッとする。
それへと合わせてのこと、小道の後方から前方へ、ちょっとした奔流のように強く吹き抜けた疾風は
吹き始めと同じく不意にぱたりと吹き止んでいる。
髪の乱れもあったし後れ毛が顔に貼りついた不快もあってのこと、
それらを振り払わんと、それこそ猫の子のようにふるふるッと髪やお顔を揺すぶりながら、
何だ此奴はという胡乱なものを見やるよな視線を向けたれば。
瑞々しい美人二人に見つめられたのをどう受け止めたやら、
ふふんと やや垂れ下がった目尻をなお細くして笑って見せつつ、
薄汚れた作業着、上下がつながった格好の 俗に言うつなぎ姿のその男、

 「その猫、ウチの子なんだな。連れてってほしくなくってねぇ。」

咄嗟のこと、旋風から庇うように懐へ抱き込んでいた芥川の方を見やって、
へらりと笑うと不躾にも指を差しつつそんなことをぬけぬけと言う。
突風との関わり合いは置いといて、
彼女が抱えている猫をそのまま連れてっちゃあ駄目だと、
引き渡してほしくてか声を掛けて来た…とも取れる言いようだったが、

 “いやに単刀直入、言いたいことを隠しもしないで口にするのだね。”

挨拶もなしなのは、
ただの通りすがりの若い子相手、言えば聞いてもらえると踏んでのことか。
だが、だったらなんで不可思議な現象付きで現れたのか。

 “ただの偶然にしちゃあ、”

先程の突風、砂塵混じりの結構な代物で、
こうまでちまちまと建物が入り組んでいるよな地形にはそうそう吹かない種のものだ。
だというに…挨拶代わりになろう 吃驚したねぇなんてな慣れ合いや擦り寄りの言いようもないまま、
無かったこと扱いでの唐突な話し掛けようなのが 微妙に不自然だと気づいていない。
そんな“感触”なんてな曖昧なもののみならず、
咄嗟に目許を庇ったり抱えていた仔猫ごと顔を下げはしたが
腕の隙間から用心深くも周囲を窺っていた範囲の内に見えた其奴が、
さして苦もないという態度で旋風を涼しげに受け流していたの、ちゃんと把握していた彼女らで。
そう、間違いなく異能で放たれたものだろと、こちらは既に織り込み済み。

 “異能を知らぬ相手でも不気味がられてしまうだろうに。”

恐らく自分たちへの足止めのために繰り出した代物だったのだろうに、
その辺り、それこそはっきり言わずに済ませたいものか。
そこでのこと、へらっとしたC調ぽい態度で通そうと、
一応は仕立てを編んではいるようだななんて、
こちらも切迫するほどには緊張感もないままに 暢気に解析している太宰の懐へ、

 「任せます。」

こちらを見ないままの芥川から性急な態度で猫を差し出され、
これはさすがに不意打ちだったため、さしもの策士嬢もあわわと泡を喰ったらしい。
前章でちょっとぼかしたが、直接には触れられぬ事情があったからで、
咄嗟に長外套の裾を片手で摘まみ上げ、それでくるんで受け取ったところ、

 「ふぬぅ〜〜

途端に猫本人から不満げな唸り声を向けられたが、

 「バッチぃと思ったからじゃないですよお、ほら、わたくしアレルギー持ちだから。」
 「あ、すみません、犬がお嫌いなのは存じてましたが。」

当然のことながら、猫ではなく自分への言いようかと思うたか、
差し出した黒の少女がやや恐縮したものの、そちらへはかぶりを振って見せただけ。
ただし、口許こそ微笑っていたが双眸は鋭く、
瑣事に構ってないで優先事に集中せよとの思し召し。
そのような差配を見落としたりあたふた取りこぼすほど、
そこいらの同世代のお嬢さん方並みに使えない駒では勿論なくて。

 「はい。」

しっかと頷き、足元を意識してぐんと踏みしめると
向かい合う格好になっているツナギ男を真っ向から睨みつける。
見繕っていただき、購っていただいた可愛らしい衣装の方は
そのままセーフハウスまで届けてもらったので、私服のまんまな芥川の側に遠慮はなく。
先程の疾風が戻って来たかのような不思議な風が躍り、
ゆらゆらとプリーツスカートを揺らしていたかと思う間もなく、

 轟っ、と

彼女を中心に竜巻のような風が吹く。いやさ、

 「な……風じゃあねぇ?」

丈のやや長いジレの裾、はためいたそのまま舞い上がり、
するするとリボンのように、いやさ生き物のように伸びてゆくと。
中空で絡み合いながら放電を起こしてのち、
淡色の身へ緋色の放電をまとったまま、鞭のような俊敏さ、
ひゅんと風を切って飛びかかったのが向かい合うC調男へと。
先程の突風は まだ自然現象の範疇内だったが、この様相はどう見たって摩訶不思議な超常現象。
何が何だかと呆気に取られ、そのまま喰いつかれてしまえば一般人の証にもなったところだが、

 「……此奴。」

その身の前へと手をかざし、
数条もの獣の牙が飛び交う中に何やら泥色の楯のようなものを浮かばせて、
ポートマフィアが誇る禍狗姫の“羅生門”が喰いついた攻撃から、
見事、身を守ってしまっており。


  「只者じゃあない、か。」


可憐な装束にはちと不似合いな、腰を落としての戦闘態勢にある漆黒の嬢の後背に立ったまま、
太宰の姐様もまた、一般人のOLさんには不似合いなほど冷ややかな、
黒々とした不吉な色合いを染ませた双眸で、
異様な楯をかざす男をじいと見据えたのだった。

to be continued.(19.05.28.〜)




BACK/NEXT


 *何か話が妙な方向へ逸れてまいりましたよ。時間かけるとこれだから。